トラウマセラピーにおける、リソースの大切さ② 

今回は、私たちの心と体のバランスを取り、力になってくれる、

<リソース>ということについて、書いていきます。

 

 

 

 

<リソースは、回復力のもと>

リソース(資源)とは、<自分にとって、力になる、心地よいものや、こと>。

実は、この<リソース>、特別に大きなことでなくても、

例えば <今、ここで、呼吸をしていること>・・というような

一見ごく「普通」と思われることの中にも、存在しています。

大きな意味では、今・ここに<存在していること>。・・呼吸をしていて、心臓が動き、意識 = いのち があること。

もうこれ自体が、リソースそのものだとも言えます。

そういう意味で、実は、リソースが「ない」人は、いません。

でも、これでは少し漠然としているので、もう少し具体的な例をお話しますね。

 

例えば、今、地面の上に、しっかり足の裏が乗っていて、なんだか「安心」する感じがあるとします。

これも、リソースです。

この「安心感」は、身体の「内側で感じている」という意味で、

<内的リソース>と呼ばれます。

でも、もしかすると、これまであまり身体感覚を意識してこなかった人や、

過去にトラウマなどの、大きなストレスがあった人は、

初めは「身体」で感じる<内的リソース>は、見つかりにくいかも知れません。

それは、自然で、理由があることです。

というのも、身体は、あえて「感じにくく」することで、たとえばトラウマなどへの反応として起こる、

身体の「不快な感覚」から、「身を守る」働きをもっています。

そのため、たとえ「心地よい」感覚であっても、いきなり「感じる」ことは、難しいこともあるからです。

 

ですので、そういう場合は、無理に「感じ」ようとしなくても大丈夫。

まずは<外的リソース>と呼ばれる、自分の外側・環境にある<心地よいもの。役に立つこと。>に目を向け、

少しずつ、それを育んでゆくことが、安心感を増やし、回復への力を育む、契機となっていきます。

 

ポージェス博士という、生理学的な神経の働きと、トラウマとの関連を論じている研究者は、

「(トラウマへの)治療とは、安全であると感じられるようになることである。」と語りました。

 

<リソース(心地よいもの)>に触れている時、私たちの心と身体は「ほっ」として、

自然と、自律神経系・心拍数・呼吸のあり方などが安定し、調整された状態になります。

この<リソース>によって育まれる心身の「安心・安全」な状態が、

トラウマなどストレスへの反応(戦う・逃げる・凍りつく)へ向き合う際の、大きな力となっていきます。

 

もちろん、心の深い部分の癒しや変容については、他者や専門家のサポートが重要ですが、

この「リソースに目を向けること」は、少しずつ、セルフケアとして一人でも始めることができます。

日常でも、自分にとっての「リソース」に気づいてゆくことは、まるで「1円玉貯金」のように

地味なようでも着実に、心身の元気になる力=回復力(レジリエンス)を、増やしていくことに繋がっていきます。

 

<宝もの(リソース)は、すべての中に>

私にリソースについて教えてくれた、あるトラウマセラピストは、

「リソースは、<無限>にある。そして、リソース構築は、<宝探し>のようである。」と話してくれました。

確かに、私たちの「リソース」という「宝」は

<無限に存在していて、これからも、たくさん見つけることができる>

と思うと、何だか励まされる気持ちになります。

 

しかし、ときに、宝ものは、すぐには見つからないこともあります。

思い出されない、「眠っている」宝も存在するのです。

なので、たとえもし今、自分にとってのリソースを、何一つ思いつかなったとしても、焦らないでください。

リソースは、今はそっと、眠っているだけなのかもしれません。

その場合は、「これまでに、何が良かったから、自分は生きてこられたのか?」

という問いに、少しだけ思いを巡らせてみてください。・・・

宝物(リソース)は、決して、なくなることはありません。

 

また、大切なことは、リソースには、とても個人差があるものだということ。

<自分にとって、心地よいか>が、大事なポイントです。

他の人が好きなものでも、あなたにとっては心地よくないかもしれません。

今の自分にとって、心地よいもの、役に立つもの。それこそが、あなたの力になってくれます。

 

もし良かったら、下記の<宝(リソース)探しへのヒント>を、

あなたにとってのリソースを見つける参考にしてみてください。

気が向いた時に、紙に書き出してみるのも、「意識化」につながり、おすすめです。

 

<リソース(宝)探しへのヒント>

<関係性>
自分がほっとして安心できる人や、グループ。好きな動物。
これまで、助けになった人。 好きな有名人。尊敬する歴史上の人物。想像上のキャラクター。
これまで誰かにかけてもらった、うれしい言葉など。
たとえば、いつも行くパン屋さんの、あるレジの人の顔を見て、声を聞くと、なんだかほっとする、元気が出る・・。
こんなこともリソースの一つです。

<場所>
ほっとする、お気に入りの場所。自分の部屋。図書館。公園。友人の家。カフェ。マッサージ屋さん。
温泉。お布団の中・・など、リラックスしたり、元気が出る場所、安全な「避難所」が、いくつかあると、心強いです。

<物>
役に立つもの。心と体がやすらぐ、よろこぶもの。
例えば、お気に入りの毛布、自転車、好きな食べ物、お守り  etc・・・

<自然>
山や海。川のほとりを散策する。花、草などの植物を見る。ハーブやアロマを使う。
土や砂の上を裸足で歩く(アーシング)。 雨の音を聞く。日向ぼっこ。ろうそくの火を見ること。
私は、好きな木に触れたり、好きな石のそばに座ってみると、落ち着いたり、元気が出ます。

<クリエイティブ>
好きな音・音楽を聞く。劇・映画をみる。本を読む。お笑いを見る。
声を出すことや、歌うこと。ふーっと長く息を吐くこと。散歩すること。
絵を描くこと。日記や文章を書いてみる。スポーツを見る。ダンスする。ヨガへ行く。
好きな食材で料理をしてみる・・など。
心身に気持ちが良い行動は、「今・ここ」に集中しやすく、創造的でもあります。

<スピリチュアル>
「スピリチュアル」というと、特別な響きがありますが、日常の中でも、自然の中に居る時や、好きな人といる時などには、
何とも言えずほっとしたり、「自分」が広がるような気持ちになったりします。
私にとって、「スピリチュアル(神聖な)」体験とは、
<「私」を超える、より大きなもの・「自然」との「つながり」に気づくこと>です。
ある人は、「床掃除や、窓のガラス拭きを無心にしているときに、なんとも自分が広がり、清められるような気持ちがする」と話していました。
これも「神聖さ」の体験の一つではないでしょうか。
メディテーション(瞑想)をすることで、より深く自己と「つながる」ことも、落ち着いた気持ちにしてくれます。
小さなお祈りをすること、より大いなる存在へ呼びかけること、感謝すること・・なども、
ときに心の支えになってくれます。

 

リソースは「無限にある」・・ということで、上に書いてある事にとらわれず、

あなたならではの心地よさ、「宝もの」を、少しずつ、見つけていってみてください。

きっと、あなたの日常の中に、あなたの「力」や「喜び」、「調和」のささやかな瞬間が、

増えてゆくことを願っています。

 

トラウマセラピーにおける、リソースの大切さ① 

先月は、「コレモ(Community Resiliency Model)」という、

神経系の働きを生かしたケアの方法を学びに、大阪へ行ってきました。

そこで、再確認したのは、やはりと言うべきか、「リソースの大切さ」でした。

 

リソースとは・・・「自分にとって心地よい、ものや、こと」。

自分の心と体が、安心したり、ほっとする事象、すべて。

この「リソース」、こう書くとシンプルなのですが、これが案外、奥が深いのです。

一体どうして、「リソース」に注目することが、セラピーで、そして、ひいては人生において、

欠かすことのできない、大切な事なのでしょうか。すこし詳しく、見ていきたいと思います。

 

<ネガティブ・バイアスの存在>

私たちの脳には、ついつい、ネガティブなことに焦点があたるという

「ネガティブ・バイアス(偏り)」なるものが存在しているといいます。

Rick Hansonという心理学者は、

「脳は、ネガティブな経験へのマジックテープであり、ポジティブな体験へのテフロンである。」

と言います。

「マジックテープ」は、一度ベリっとくっくと、中々離れないもの。

 

 

 

「テフロン」は、フライパンの表面みたいに、つるっとすべって離れるもの。

 

 

つまり・・・、それくらい

私たちの脳のあり方は、ネガティブな体験に気づきやすい。ポジティブな体験は、忘れやすい傾向がある・・

ということのようです。

このネガティブ・バイアス、かつては、私たちが進化してゆく過程で、

「危険」を察知し、避けることができるように、役立ってきました。

例えば、森に暮らしていた頃なら、「あの洞穴には、毒蛇がいたぞ!」と覚えておくことで、

その危険に近づかないようにさせて、生存率をアップさせてきました。

しかしながら、

現代においても、この機能(ネガティブ・バイアス)だけが強く残り、

私たちは日常的に、ネガティブな感覚・感情・思考に注目し続けている・・となると、困りものですね。

 

私自身にも、思い当たるふしがあります。

なぜか、「できたこと」より、「できなかったこと」の方ばかりを思い出す。

なぜか、否定的な声が頭にある。(・・ 特に自分がセラピーを受ける前には、たくさんありました。)

 

しかし、人間には、ネガティブな感覚・思考・感情に引きつけられる習慣がある、と知っておくことで、

無意識に否定的な思考に支配されているとき、それに「気づき」

心地よいものや安心感、より中立的なもの(リソース)にも目を向け、心の均衡・調和を取り戻す、という

選択を手にすることができます。

 

重要なのは、これは、単に「ポジティブ思考は良い」・「ネガティブはダメ」というお話ではないということ。

ネガティブなものを「抑圧」するのではなく、

「今・ここ」に、ネガティブなものがあることにも気づきながら、

ポジティブなものがあることにも、意識を向けることができるという、

選択」があること、そして「バランス」を取ることができるということに、大切な意味があると思います。

 

「リソース(心地よいもの・安全なもの)」にも目をむけることは、このバランスをとることを助けてくれます。

「リソース」を育むことは、神経系を整えて「回復力」を高め、

人生をより調和的に生きることへの、力になります。

では次回は、この「リソース」ということについて、より詳しく、お話します。

 

先日登った、鞍馬山から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありのまま」でいるには? − ユングの「ペルソナ」と自然体

「ありのまま」という言葉は、最近、色々な所で良く見かけます。

映画、「アナと雪の女王」でも、エルサは歌います。

ありのーままのー自分になるのー♪

感動的な瞬間です。

 

 

 

 

自分の「魔法」を隠していた苦しみから、「本当の自分の姿」へと解放されるエルサ。

美しい瞬間です。

「ありのままの自分になることが、癒し。」

そんな言葉も、本屋さんでよく見かけるようになりました。

「ありのまま」に、「自然体」になれたら、すばらしい。本当にその通り・・。

 

でも・・いったい「ありのまま」って、どうしたらなれるの?

そもそも、「ありのまま」って一体何だろう?

 

そんな声も聞こえてきます。

「ありのまま」という言葉には、どうも一筋縄ではいかないところもあるようです。

 

<「ありのまま」だった赤ちゃんの頃>

生まれた時には、私たちは自然そのもの。

赤ちゃんは「ありのまま」で、生まれてきます。

食べたい時に食べ、欲しい時にもらえなかったら泣く。

本能的な、「 WANT ! (〜したい)」の欲求に従うのみ。

 

そしてそこから、様々な条件付が起こってきます。

お母さん、お父さん。家族。先生。友人。国。社会から・・・

「こうすべき」

「こうしたら、愛される」

「こうしないと、あなたは愛されない」

 

知らず知らずのうちに、外側から様々なメッセージを取り込み

私たちは、次第に「本当の自分」「ありのまま」という輪郭を、隠すことも学びます。

 

大人になる、という過程においては、赤ちゃんのときのように

「〜したい」という、自然な欲求を直接表現していた、「ありのまま」の姿から

少しずつ、自分を守るために、色々な「鎧」や「仮面」を身につけ、

「こうすべき」

「こうあるべき」

という自分を作っていく、ということも、起こっていきます。

 

それは、親や権威者に表される、「社会」への

適応のためにつくられていくもので、

ある意味、生きていくために必要な「守り」でもあるのです。

 

<ユングにとっての「ペルソナ」>

ユングという心理療法家は、社会適応のためにつけている、仮面のことを、「ペルソナ」と呼びました。

「ペルソナ」とは、古典劇で使われる「仮面」という語から来ているそう。

たとえば、私たちがつける仮面には、色々なものがあります。

「いい人」というペルソナ。「従順な娘」というペルソナ。「会社員」というペルソナ。・・・

そのペルソナ=仮面自体は、悪いものではありません。

ユングは、「ペルソナを持っていること自体は、問題ではない。

問題になるのは、その仮面が固くなり、その人と一体化してしまっている時だ」と語りました。

たとえば、「いい人」というペルソナを持っていて、あまりにも「自分=いい人」となってしまい、

それ以外の選択肢がなくなってしまうような場合。

そういう時、そのあり方は、問題になってきます。

なぜなら、その人の他の側面(たとえば「悪い人」の側面など)は、意識されない場所(=影、無意識)へと追いやられてしまい、

「悪い人」が、他者へ投影されるなど、意識がせまくなり、偏りが起こってくるからです。

 

 

 

 

 

 

<「ペルソナ(仮面)」との付き合い方>

では、人はこの、「ペルソナ」と、どんな風に関係を結んで行ったらいいのでしょう。

ユングは、

健康的なペルソナとの付き合い方は、「着脱可能」なものであるかどうか、が大事、と言いました。

つまり、「つけたり、はずしたりできる、自由がある場合、ペルソナも悪くない」のです。

成長した大人になると、様々なペルソナや、いわゆる「偽の自分」、「ありのままでない自分」がたくさんあるのは、自然なことです。

ただ、

そこから、どんな自分でいたいのか、選ぶ自由が、大人の意識にはあります。

その「自由」は、「自覚する(気づく)」ことから始まります。

今、自分は、どんな「ペルソナ(仮面)」をつけているのか?と、

それに、気づいていること。

そうすることで、それをつけ続けるのか、はずすのかを「選択する」という自由を、手に入れます。

私が最近思うのは、

仮面をつけた、「ありのままでない自分」に、「気づいている意識」もまた、

「ありのまま」の一形態なのではないか、ということです。

「仮面」だったり、「偽」の状態の自分にも気づいていること。

その「気づいている意識」こそ、選択する自由への入り口。それは、とても貴重な変化の始まり。

そんな風に思う、今日このごろです。

 

<「ありのまま」へ還る>

とはいえ、

生まれたての赤ちゃんのような、飾らない、無垢な「ありのまま」は、とってもパワフルです。

そこには、いのちの輝きがあります。

つまるところ、赤ちゃんのパワーを持った「ありのまま」とは、「自分の欲求(WANT)にすなおである」という状態に近いのかもしれません。

ゲーテは、「願望は、才能の予感」という意味の言葉を残しています。

どうしてか、湧き上がってくる「願望」、「〜したい」と願う心には、「才能(できる)」の予感がある。

「心やからだの底からの「〜したい(願望)」に従って動いてみると、

そこには、あなただけの「才能」、ギフトが輝いている。」・・・

そんな風にゲーテは言ってくれているように感じます。 とっても力強い言葉です。

 

私たちがこれまで自分に課してきた色々な「〜すべき」、制限などは、「他者」「外側」から取り入れたもの。

その「外側」に向いている意識に気づいたら、それを認めつつ、一度、ほーっと深呼吸してみましょう。

そして、今度は、自分の「内側」に意識を向けてみます。

内側からの「〜したい(WANT)」

という、欲求に従ってみることは、「ありのまま」、そしてあなたの「才能(ギフト)」へ近づく、第一歩。

そして、その「欲求」は、多くの場合、自分の「身体」から発されています。

「頭」のレベルではなく、自分の「身体(特にハート)」に気づくことは、その道を確かなものにしてくれます。

本当の「望み」につながる、「ハート」の知恵については、また別の記事で書きますね。

・・・・・

まとめると・・

*外側の「仮面」の自分も尊重し、今の選択に「気づいて」いること。

*そして、内側・身体からの「WANT (〜したい)」に気づいて、少しずつ叶えること。

こんなあり方が、成熟した「ありのまま」へ続く、道なのではないでしょうか。

 

千里の道も一歩から・・ということで、

私自身も、今日の晩のおかずは、何をたべたいのか・・・?

自分自身の身体にしっかりとたずね、

小さい WANT を、日常から叶えていってあげようと思います。

 

 

 

 

 

リソース(資源)とは?

 

久しぶりの投稿になりました。

今回は、リソース(資源)ということについて。

前に別の場所で書いた記事に加筆したものを載せさせてもらいます。

<「私にとって」のリソース、牧場>

・・先日、近くにある牧場に行ってきました。そこは、街なかにある、とても小さな牧場なのですが、なぜかいつ行っても、心がほっこり、元気になるので、私の大好きな場所なのです。私にとってのパワースポットです。

 

その牧場の中は、一面、ふさふさと、やわらかいみどりの草でいっぱい。遠くから、木や草を焼くにおいがします。うきうきとした様子で、やぎやひつじに草をあげている娘の姿。じーんじーん・・と虫のなく声・・・。 ただひたすらに、平和だなあ・・。

 

そんな景色を眺めながら、あたたかいお茶を飲んでいると、体のぜんたいが緩んで、自然とお腹の底からゆったりと呼吸をするようになっていました。

行く前には何だかもやもやしていた心も体も、帰る頃には大きな伸びをしたみたいにゆるんで・・・よし、また明日からがんばるか・・・と、目の前がすっきりとし、うれしい気もちになって帰途につきます。

 

突然ですが、「リソース」という言葉を、聞いたことがありますか?

 

リソース=「資源」という意味ですが、心理学的には、「自分の心や体が喜ぶ、ものや、こと」のことをいいます。

自分の」心と体、というのがミソで、心と身体が心地よい、と感じる感覚は、その人の感性、個性によってそれぞれ違うものです。

(なので、たとえば、世間で「癒し系」と言われているキャラクターがあったとしても、もしそれを見て、「心地良い」感覚があなたの心と体には生じなかったら、それは、今のあなたにとってのリソースではないといえます。)

 

私にとっては、先日行った「牧場」は、心とからだが本当にゆるんで心地よく、やっぱり自分のリソースだわあ・・と実感しました。心と体が「心地よい感覚になる」=リソースとなる体験は、疲れていた心を元気にしてくれ、人生を豊かにしてくれるなあ・・と。

 

そして、少しずつ「リソース」の体験を増やし、深めてゆくほどに、過去からのトラウマ(ストレス)に対し、より安全に対処できるようになったり、未来のストレスからも、身を守ることができるようになります。

 

この「リソース」を、日常の中で意識してゆくにつれ、「こころとからだ」、つまり、「命(いのち)」の流れは、ますます力を増し、喜びます。

日常の中で出会う「リソース」は、たとえば、こんな領域にあります。

・・・・・

モノ (例) 好きなお茶、ほっとできる食べ物、好きなキャラクター、ぬいぐるみ、着心地の良い服・・etc ・・

場所 自分にとってほっとできる場所。カフェ、ソファ、自分の部屋のかたすみ、石の上、温泉 etc・・

自然 何といっても自然は、心と体をリラックスさせてくれます。山、海。花を見る、木に触る。また、土を触る、焚き火を見る、水(川、湖)、新鮮な空気に触れる etc・・

関係性  安全な人。ほっとできる人、好きな人。安心できるグループ ex 家族、友達、知人、先生、ペットetc・・

  「知る」ということが、力になります。好きな学び、知識など。

感情 自分が心地よいと思う感情。よろこび、朗らかさ、慈悲、ワクワク etc・・

からだ  身体のどこかで心地よい、と感じることが、リソースです。手足、胸の温かさ、額の涼しさ etc・・

クリエイティブ・趣味  ヨガ、おさんぽ、音楽を聴く、お笑いをみる、本を読む、歌をうたう、盆栽 etc・・

スピリチュアル 瞑想をすること、大いなる存在(仏、女神、神話の存在 etc)、宇宙的な意識へ思いを馳せる etc・・

・・・・

一人でできる、リソースを育むエクササイズ✨

「リソース」は、多ければ多いほど、ストレスに対処しやすくなっていきます。そこで、上のような領域を意識しながら、リソースを育むエクササイズをご紹介します。

 

1︎ 自分にとってのリソース(心地よい感覚になるもの、こと・・のリスト)を、一度、紙に書き出してみます。
絵や好きな人・動物の写真などを貼ってもOK。マップみたいにしても。書くと、具体的になり、見るだけで、そういえばこんなリソースあったな。と思い出しやすくなるので、良いです。

そして、もし、すぐにぱっと何も思いつかなくても、全く心配いりません。私たちの中には、いつも、たくさんのリソースの「種」が眠っています。

これまでの人生の中で、支えになったこと、一つでもOK。

自分が、ここまで、生きてきたという事、そのものが、なによりのリソースかもしれません。

日常の中で、少し心が惹かれるもの。ほっとしたもの。何に、私の体と心はよろぶのかな?・・・ほんのささいなことからでいいです。

小さなアンテナを立てながら、ちょっとずつ、「自分にとって」のリソースを、新しく発見してゆく楽しみもあります。

できてきた紙に色を塗ったり、お気に入りの写真を貼ったりして、リソースのボードを作って、机に置いたり、リソースを書いたメモを手帳に入れて、疲れた時にそっと見るのもいいです。

ちなみに、私の机の上は、リソース用の小さいスペースがあって、そこに、好きな石や、置き物、好きな言葉を書いたメモ、いい匂いのするロウソクを置いて、時々見ては、ちょっとふわ〜と、ゆるむようにしています(笑)。

 

2︎ リソースを感じて、呼吸をする

リソースだなあ、と思うもの、景色・・etc に出会ったら、それを五感(色、音、香り、味、触感)で感じつつ、ゆったり、ゆっくりと呼吸してみましょう。五感で感じながら、呼吸することにより、体と心のより深いところに良い感覚がとどきます。そのリソース体験は、小さくとも、必ずあなたの力へとなっていきます。

 

 

 カリフォルニアの、シャスタ山の川縁

トラウマは、身体で起こる。

最近のトラウマ治療の流れの中で、とても重要になってきている考え方で、

「トラウマ(心の傷)は、単に「語る」だけでは、回復につながりにくい。」ということがあります。

これは、トラウマはというものは、実は、

「身体」に残った、過剰な「ストレス」に対しての反応である

ということ。

ゆえに、トラウマ的な出来事は、しばしば、言語で語ることが難しいことが、関係しています。

何かの出来事が起こり、その人が、それを「ストレス」だと感じるとき、身体では、様々な反応が起こります。

(筋肉の収縮、自律神経系の過剰な反応、ストレスホルモンの放出など・・・。)

そして、セラピーでは、

ストレスに対して起こっている、

そういった「身体レベル」での反応に気づき、

解放、または調和させてゆくことで、

過覚醒(フラッシュバック・パニック・興奮・・)、低覚醒(解離、うつ、無気力)など、

いわゆる「トラウマの症状」からの回復も起こっていきます。

頭で考えて「語る」のみでは、トラウマの根っこにある「身体レベル」の反応に、変容をもたらすことが中々難しい場合があるのです。

私自身、「解放のフィジオロジー」というクラスで、

ソマティック・エクスペリエンスという療法をベースにした、身体・神経系の側面からの、癒しのアプローチを学ぶ中で

まず、自分自身の身体で「何か起こっているのか」を知り、

実際に、自分の身体が、どんな風に多くのストレスへの反応をしていたか(!)に気づき、

同時に、自分の中にある、ストレスから回復する力、「自己調整」の力を高めてゆくことで、

「今」を生きることが、昔に比べて格段と、からだごと、楽になってきました。

これは、自分の存在のあり方を、身体ごと、じわじわと変えてゆく、安全で、かつ深いところからの癒しのアプローチだなあ・・と、実感しています。

次回は、癒しにとても大切な、「リソース(資源)」ということについて、少し書きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

California のJoshua Tree にて