冬至によせて

HAPPY SOLSTICE!

一年で一番、太陽が照らす時間が短く、陰が極まり、陽になってゆく時期。

心の中の、光、ともし火を、ともにあたためて、

新しい年へと向かいましょう。

皆さまの、安心と調和を、心からお祈りします。

 

元々のイシス神殿跡で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は、人生で初めてエジプトにも行ってきました。

神殿の巡礼の旅で、たくさんのギフト、気づきをもらいましたよ。

また、こちらのブログでも、気づいたことを書いていけたらと思います。

それでは、どうぞ、よい1日を、お過ごしください💫

 

心地よい方へ

毎年、春分をすぎ、あたたかくなると、

私の体も、冬の仕様から、春仕様へと変わっていくようで、

お腹の底から、「動き出したい」と感じはじめます。

まるで、冬眠していた動物が、のそのそ・・とほら穴から出てくるようです。

陽気にさそわれて、体のおもむくままに、お出かけするのにも良い季節。

今日は、御所へ出てみると、梅がたくさん咲いていてきれいでした。

皆さんも、小さな動きへの「衝動」を感じたら、

少しずつ、その衝動の方向へ動いてみると楽しいかもしれません。

ちょっと伸びをして、気持ちよく、関節を動かしてみる。

足の裏を地につけてみる。

そして、動きたい方向を感じながら、体をそちらへ動かしてみる・・

自分の「気持ちよさ」が、次の動きへの、方位磁針になってくれます。

伸びて気持ち良い方へ、すこーしのびてみる。

動かして、気持ち良い方へ動く。・・・

そんな、小さくも自然な動きが、「ダンス」のようになる日常、

楽しそうです。

「心地よさ」の羅針盤を胸に、リソースを増やしていくと、

心地よくないことやストレスも、いつの間にか、少しずつ、大切にできそうです。

 

心地よく動いていった先にあった、喫茶店(大阪)

 

 

 

 

 

 

 

苺ケーキ、雲のように消えていった

 

 

 

 

 

 

 

お手洗いまで美しかったです

 

 

2月の雪

今日は、京都は雪でした。

朝から、真っ白な世界です! 滑りそうになりながら、雨靴で白亜荘まで向かいました。

道ゆく子どもたちが、雪遊びでうれしそうです。

お昼にはお日さまが出て、夕方にはすっかり、溶け始めていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、窓からお庭をパチリ。

景色が真っ白になると、なんとも言えない、清浄な気持ちになりますね。

 

 

オフィスには、新しく、小さいちゃぶ台がやってきました。

ここで、タロットカードを並べたり、お絵描きをしたりしたいなあ・・と妄想中です。

リソースになりそうなカードを、いろいろ集めています。

カウンセリングのときにも、みなさんと、できるだけ楽しいことをしながら、

「遊び心」を大事にしながら、養生してゆくことを、大切にしたいなあ・・と思っています。

 

つらつらと、書いてしまいましたが、

春も、もうすぐそこです。

どうぞ、それまであたたかくして、お過ごしくださいね🌷

 

 

 

 

 

良い一年になりますように

2025年、皆さまにとり、良き年となりますように。

年末、大掃除をしていたら、窓から二重の虹が見えて、

なんだかとっても、嬉しかったです。

 

 

 

 

 

 

ささやかな幸せを重ねるように、日常を生きていけますように。

皆さまの幸せも、ここからお祈りしています。

 

年末のこと、カードのこと・・

年末年始で、気分的にも、実際も、忙しい時間を過ごしておられる方が多い頃ですね。

クリスマス、お正月・・の時期、家族や人と集まる機会も多くなる雰囲気の中、

にぎやかで楽しいこともあれば、

対人関係、昔の傷が刺激されて、しんどくなることも、あるかもしれません。

もし、「こんなおめでたい時期なのに、なんだか気分が暗い・・

しんどいな・・」と感じていても、だいじょうぶ。これ、けっこう、ふつうです。

あなたは、決して一人じゃありません。

キラキラとした、イルミネーションの裏には、必ず、影があるものです。・・

・・もし、元気がないこと、もやもやしていることに気づいたら、

少しだけ自分にやさしく、してあげてくださいね。

 

私は最近、タロットカードの勉強を再開して、毎朝、色んなカードを引いて遊んでいます。

最近お気に入りのオラクルカード

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、「このブログを目にする方へ向けて」という意図で、引いてみました。

「サポート」というカードが舞い込んできましたよ。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたには、サポートがあります。」というカード。

サポートは、誰かに頼むこともあれば、自分をいたわること、自分で自分をサポートする事も含まれます。

お忙しい時期かと思いますが、どうか、ゆっくりやすんで、からだをいたわる時間を

少し、もってみてくださいね。・・・あたたかくして、何か必要なサポートを求めてみてください。

マッサージもいいね・・

お風呂沸かしてもらうのを頼む、もいいね・・。

 

ご自身をサポートするために、少しやすむこと、ケアすること、とても大事です。

この一年、今日まで、無事に(!)、生きてこられたこと、すごいこと・・

本当に、ご自身の「いのち」を、ねぎらいましょうね。

お疲れさまー。と・・

どうぞあたたかくして、良いお年をお迎えください。

 

 

 

Somatic Experiencingのお手伝い @沖縄

 

11月の上旬は、Somatic Experiencing(中級)@沖縄のスタッフとして、

研修のお手伝いに行っていました。

SEで沖縄に向かうのは、今回で2度目です。

研修が始まる前々日には、首里城の周辺を散歩したり、

おきみゅー(沖縄ミュージアム)で、沖縄の歴史を勉強したり、

水族館の方にも行きました。

京の内
現在修復中の首里城

 

 

 

 

 

 

 

首里森御嶽

 

 

 

昨年行った、玉城城跡
水族館

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖縄という、土地の力や、その歴史は、

何層にも、何層にもなって、私たちに語りかけてくれます。

ただ「美しい」というだけではない、深い深い思いを。

この沖縄という、土地の「思い」と一緒に、

SE療法を通じて、トラウマということ、

「人間の傷つきと、回復」について、学び、そのお手伝いをさせてもらっていることが、

私の心や身体にも、深い意味を与えてくれている気がしています。

大切な土地や、人との出会いに、感謝です。

 

 

 

 

 

天川村のリトリート

先週10月11日〜14日は、

奈良の「天川村」にて、私のカリフォルニア時代の先生でもある、

Silvia Nakkach先生をお迎えし、

3泊4日で、通訳で声のヨガのリトリートに参加してきました〜。

天河大辨財天社の真横の宿に、泊まり込みながら過ごした日々は、

毎日、空気が澄んでいて、その中で参加者の皆さんと一緒に、たくさん声を出して、

めちゃくちゃ気持ちが良かったです✨

学問と芸術の女神、弁財天(インドのサラスヴァティー)がまつられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドキドキの通訳中

 

 

 

 

 

 

Silviaからインドシルクのマフラーを贈っていただき、喜びを隠せない・・(涙)

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、身体から声を出すと、元気になる!

身体にエネルギーがあふれる。 他の人と、神聖さと、つながれる。

声を使うことの力(パワー)を、改めて実感させてもらった4日間でした。

 

今年の気づきは、身体が、「聖なるものの入り口(Portal to Sacred)」

だということ。

Silviaは、私たちの身体を、「とりい ⛩️ 鳥居」と思いなさい・・・と言います。

鳥居は、聖なるものへの入り口。

聖なるものが、自由に流れるように

「今・ここの身体に気づきを向けること。」

の大切さを、繰り返し伝えてくれました。

 

さて、エネルギーチャージ満たんで、

元気いっぱいでこの秋を過ごせそうです!

 

出会う人たちとのご縁、

これまで歩んだ道のり、

迷いの多かった時間にも、すべて、

今はすべてに、感謝です。

 

冬至によせて

今年も、冬至の季節がやってまいりました🕯

一年で最も夜が長く、暗い季節。でも、その暗闇の中だからこそ、内側からの光がきわ立つ時期です✨

皆さまの心の中で、今年、うれしかったできごとや、心に残ったことは、何だったでしょうか。

悲しみや、ネガティブに見える出来事でさえも、きっと私たちのレジリエンス(回復力)を、強くしてくれています。

2022年のよろこびや、光がともるような出来事を、思い出して、感謝するのにもいい時期ですね。

 

私は、先月に、奈良で「セルフ・コンパッション」 についての講座をさせてもらったことが、心に残っています。

<日常で、自分自身に「慈悲・思いやり」を向けるということを、どう実践してゆくのか?>についての

お話しと、ワークを紹介させてもらいました。

 

「慈悲」ということを、「宗教的」な視点からというよりも、「自律神経」のしくみの視点から、

「心」のしくみから、お話できたこと、そしてそれを受け取っていただけたことは、とてもうれしい出来事でした。

慈悲(コンパッション )のメディテーションが終わったあとに、ある参加者さんが話に来てくれました。

 

「・・このコンパッション(慈悲) って、すごくなつかしい感じがしました。

うちのおばあちゃんが、よくお仏壇の前で話してくれていたことを思い出したんです。

自分へのやさしさが、人へのやさしさにつながってゆく。 みんながつながっている。

ということなんですね・・。」 と。

そのお話を聞いて、なんだかじーんとうれしい思いがしました。

 

「セルフ・コンパッション 」って、

コンセプトとしては、最近(アメリカのNeffさんが中心に)研究して形にされたものですが、

もとは、アジアや日本にも古くからあった、仏教の流れが土台になっています。

コンパッション=慈悲 とは、私たち皆が、もともと、持っているものなのです。

ご先祖さまたちから受け継いできた、精神性の伝統の中で伝えられてきたものを、

現代の人や、西洋人にも受け取りやすいように方法論として再解釈してくれたもので、

根っこ自体は、新しいものではないんですね。

 

「慈悲のこころ」、「自分や、他者の苦しみに気づき、思いやりを向けるこころ」。

それはすでに、私たち一人一人の細胞に、刻み込まれています。

ではもともと持っている、「慈悲=コンパッション 」やさしさの心を、

具体的にどうしたら、思い出すことができるのか?

そしてそれを、自分自身へ向け、実践することができるのでしょうか?

 

それにはまずは、「気づく」ことから始まります。自分の「心地よさ」に気づき、

「苦しみ」にも気づくこと。「マインドフルネス=気づき」が大切です。

そして、気づいたら、今度は自分へ、必要なケアや思いやりを、届けてゆくのです。

 

また、コンパッション を思い出すもう一つの鍵は、「身体」の状態にあります。

現代の私たちは、「あたま・思考」に集中しやすく、「からだ」は結構、忘れがちなのです。

自分自身・そして他者とのつながりの窓口である「身体」につながること、その状態に気づくこと。

それは、「自律神経」の調整にもつながっていきます。

身体につながることを習慣にすることで、心地良く、やさしさを持って、自分自身のこころとも、

関わりをもてるようになっていきます。

 

そうして自分自身へ思いやりをむけ、自分との関係が良くなればなるほど、

他人や、周囲の世界との関係も、良くなっていくというのが、すてきですよね。

「私たち」は、分かち難くつながっているのです。

 

「平和」とは、まずは個々人の、こころの平和からはじまるもの。

私も自分自身のワークにいそしむとします^^

心や体をどのように調和させてゆくのか?についての、具体的な方法やコツ、自律神経の考え方なども、

もう長らく、色々な所で学んできたので、お伝えしてみたいことがたくさんです。

これから、実際にお役に立てること、楽しいこと、いろいろとお届けしていけるようにしていきますね。

 

それでは、

2023年が、みなさまにとって、気づきや、光、よろこびに満ちたものとなりますように。

こころより、お祈りを込めて。

 

 

 

 

セルフ・コンパッションと、セルフケア

 

11月に、奈良県で「セルフ・コンパッション(自分への思いやり・慈悲・やさしさ)」

についての講座をすることになり、今、資料を作っています。

この講座、すごく楽しみなのです。

 

資料をまとめていても、本当に

セルフ・コンパッション=「自分に思いやりを向けること」

「自分の心身がニーズ(必要としていること)に気づき、それを満たしてゆくこと」

って、セラピーや心の癒しにおいて、大切なんだなあ。

本当にたくさんの人に、このことを知ってもらいたいなあ!

という思いが増すばかりです。

 

たとえば・・

自分に対する批判(自己批判)で、悩んでいる人が居るとします。

私自身もそうでした。

昔は特に、自分の内側の「批判さん(自分を批判する心の声)」の活躍っぷりといったら、もう・・

ことあるごとに、脳内に「ダメ出し」の声がありました。

でも当時は、自分の内側にそういう声が「ある」ことにさえ、そんなに「気づいて」いなかったんです。

 

コンパッション(思いやり)は、まず自分の内側に、苦しみがあることに「気づく」ことからはじまります。

この場合は、まず、「批判さん」の声に気づくこと。

「あ、また今、こんな風に自分に厳しい声をかけているんだな・・」、とか

「あ、いま、しんどいね。」と、気づいてあげる。

まず、その心の中の「声」に気づくだけでも、

ほんのすこし「批判さん」の活性化(不快な感覚)が、落ち着いたりします。

これは、今風に言うと、「マインドフルネス」= あるがままの観察 と呼ばれます。

マインドフルネスによって、「批判さん」と「自分(私)」が、一緒くたになって混ざっていた状態から、

少し「批判さん」を客観的に見る、心のスペース(場所)ができます。

 

その後に、私がよくするのは、自分との「つながり」を感じること。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」「いま、一緒にいるよ。」など、自分が安心する言葉かけをしながら、

必要があれば、自分のハート(心臓)のところに手を置いたり、その手の温かさを感じてみたりします。

(自分が安心するところ、触れていて心地よい場所に手を置いてあげてくださいね。

もちろん、触れなくてもokです。)

心地よいタッチは、「幸福ホルモン」と呼ばれる、オキシトシンの分泌をうながします。

 

そして、「もし、この苦しんでいるのが、自分の親友だったら、どんなふうに声をかけるんだろう?」

なんて、少し客観的に考えることもできるようになってきたら、しめたものです。

「これが友達だったら・・・?」これまで、相当がんばってきてるよね、と思う。

そしたら、「ずいぶん、がんばってるなあ。ちょっと、一緒に休憩しよっか。」とか、声をかけてみる。

そのあとは・・お茶でも飲みに行く。

ここで、自分の「ニーズ」(聞きたい言葉、する必要があることなど・・)を満たしてあげます。

 

こんな風にして、日常の中で何か「苦しみ」に気づいたら、

少しだけ、自分にやさしくすることを習慣にして、続けていきます。

(「苦しみに気づく」、「タッチ」、「これが親友だったら?」の声かけ・・など、どれができるものから始めるのでも十分です。)

すると次第に、日ごろ、少しずつ落ち着きが増してくる自分に気づくかもしれません。

自分が落ち着くと、次にしてみたいことなど、自然に「創造」のエネルギーもわいてきます。

良い循環が、生まれていきます。

 

もちろん、苦しみがあんまり大きい時などは、自分でコンパッションを向けるのが難しいこともありますよね。

そんな時は、どうか無理をしないで、少しおやすみ(眠る、食事など)したり、

セラピーや、信頼できる他の人に、つながってみましょう。

 

今日は、日常の中でも、セルフケアとして、少しずつできることがたくさんあることを、お伝えしたくなりました。

小さいことのようですが、一見地味な、小さい繰り返しが、大きな変化を生むことがあるのです。

・・・

みなさんもどうぞ、自分自身に、

「いま、わたしの心地よさ、健康、安全のために、必要なことは何だろう?」と、

こころとからだに聞いてみてあげてください。

そして、できる範囲で、自分へやさしさを向け、自分のニーズを、叶えていってあげてくださいね。

 

追伸:

より詳しく、セルフコンパッションの考え方、実践方法を知るには、クリスティーン・ネフさんの本、

「セルフコンパッション」や、「マインドフル・セルフコンパッション・ワークブック」がおすすめです。

 

 

あんみつニーズを叶えました。

Brian Eno展へ

先日、ブライアンイーノ展に行ってみました。

そのとき感じたことを、日記のように、つらつらと書き連ねます。

 

 

 

 

 

 

・・・

光と音の空間で時間を過ごして、圧倒的に静謐な気持ちになる。

この気持ち、何かに似てるな・・と思ったら、西洋の教会に行ったときのものだった。

 

まるで、万華鏡のように映るインスタレーションは、教会のステンドグラスに。

静かだけど、深みのある音は、パイプオルガンと聖歌に。

蝋燭の炎のかわりに、電気の灯が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてまた、うごめく幾何学模様は、シャーマニックな瞑想で見る、ビジョンのようにも思えた。

 

私たちは、今も昔も、何らかの形で、日々、日常を超えるような体験を求めている。

 

一方で、今日では、「宗教」ということには、アレルギー反応を起こしやすくなっている人も多い。

案外、私たちは、教会や神社に行くよりも、ギャラリーや、「芸術」という切り口によって、

「日常を超える」体験をすることの方が、リラックスして居れるのかもしれない。

 

「超越」への入り口は、きっと、どんなものでもいい。

感じ方は、本当に、人それぞれに違うから。

大切なのは、ときどき、私たちが「私」を「超える」ような体験をすること。

自分を超える、大きな「流れ」があることを感じること。

そしてまた、小さな光を持って、安全に日常に戻ってくる、ということだと思う。

 

それがアートであっても、宗教的なものであっても、セラピーの場であっても。

頬をひと吹きの風が、通り抜けたことであっても。

「たましい」にとって、「より大きなものを感じる」体験は、

肉体にとっての「食べ物」のように、人間に欠かせない「栄養」なのだと思う。

 

そんな意味で、十分にたましいの滋養になった一日なのでした。

光るお山、砂盛りのよう