Life is an art − 芸術とセラピー

 

大学生のころ、ヨーゼフ・ボイスという人の作品にふれることがありました。

彼の作品のキャプチャーに、「人間は誰でも芸術家である」という言葉が書いてあるのに、なぜか心が惹かれました。

 

 

 

 

ボイスの黒板

 

この「芸術家」とはどうやら、絵が上手いとか、音楽が得意だとか、いわゆる「芸術的」才能の持ち主、という意味だけではないようなのです。

ここでの「芸術家」とは、人間に生まれつき備わっている、「創造力」を使って、人生を、そして社会を形作ってゆく人のこと。

 

個人の記憶を思い出せば、ああ・・彫刻刀が使えないと泣いた、図工の時間。

いつまでも完成しない油絵。

音が取れないと怒られた、音楽のクラス。

でも「芸術」って、そんなことだけでは、ないんだね。・・・

 

すべての人間は、芸術家。一刻一刻、自分の人生を、社会を、形づくっている。

そんな発想が素敵だなあ、と思い、当時はボイスの、そして、その考え方にあるシュタイナーの思想にも、ひかれていきました。

 

もし、人生が、芸術作品だとしたら。

人間が皆、芸術家だとしたら。

私たちは、どんな風に日常を過ごすのだろうか。

どんなトーンで話すのだろうか。

どう、沈黙するのだろう。

私たちは、どんな人生を創造したいだろうか?

 

心理療法や、セラピーという営みは、

ときに、苦しみや、行き詰まり、病、といった形に表現された、「創造力」に気づき、

それらを、より自由な、「流れ 、Flow」にしてゆく作業だ、とも思います。

 

すべての苦しみ、病もまた、生命の一表現であるとするなら、

その生命力・創造力で、今度はどんな風に人生を、形作ってゆくのか。

それを支えるのが、セラピーの場です。

 

私たちセラピストは、すべての「芸術家」のサポーターだと思います。

人生を創造している、という意味での、芸術家の。

自らの本質である「自然」、創造力とつながり、

どんな風に人生を彩り、形づくり、表現するのか。

「永遠」の時と、つながり、

また、地に足つけて、日常を生きるのか。

 

そのための、変容の場所を、表現の場を、用意することが、私のお仕事です。

今日も、心から大切なその場所に、向かいます。